火のし最大手「千代田」。
旧家から出てきたものを仕入れる。
木箱の焼印といい紐といい時代を感じさせる。
銘板は発明者の津川氏銘と、販売元の阿部彦四郎商店が刻印されている。
明治44年の広告に同じ型式の火のしが紹介されているので、少なくとも108年の時を経ている。
重量は1.8kgちょっとあるため二号形ということがわかる。
昭和12年当時の資料を見ると仕様はほとんど変更されていない感じ。
木製の蓋に金具が取り付けてあり、蓋を裏返して火のしを置くようになっている。
時代が新しくなると銘板が鋳物になるが、これは時代が古く陽刻のアルミプレートを釘でとめている。
空気調整箇所のデザインは質素。
保管状態がよく鮮やかな紅色が残っているのが嬉しい。
以前紹介した小町と比較してみる。
2019年5月18日土曜日
2019年5月6日月曜日
物欲その118(黒電話)
電話の短冊看板があったのを思い出し、少し物足りなかった柱部分に貼り付けてみた。
すると、「どうせなら電話も置かないと」との天の声が…
早速、持っていそうな知人宅へ駆け込むと4号の黒電話があったのですぐさま譲ってもらう。
これは昭和25年からの仕様で、正式名称は4号自動式卓上電話機というらしい。
ちょうどよい木切れも見つかり、棚受け金具と木用ネジを100円ショップにて調達。
木切れをちょうどよい奥行きに切断し、棚受け金具を取り付ける。
少し物足りなかった柱部分が一気にグレードアップ。
すると、「どうせなら電話も置かないと」との天の声が…
早速、持っていそうな知人宅へ駆け込むと4号の黒電話があったのですぐさま譲ってもらう。
これは昭和25年からの仕様で、正式名称は4号自動式卓上電話機というらしい。
ちょうどよい木切れも見つかり、棚受け金具と木用ネジを100円ショップにて調達。
木切れをちょうどよい奥行きに切断し、棚受け金具を取り付ける。
少し物足りなかった柱部分が一気にグレードアップ。
2019年5月5日日曜日
物欲その117(ちゃぶ台)
今年で13回目を迎える昭和レトロイベント。
何回目かまではカラー刷りのハガキでお知らせが来ていたが、毎年同じ日の開催というのが周知されたこともあってか、ハガキやメディアを通しての告知がなくても興味のある人は自然と集まってくるようになっている。
ただ、新鮮味も薄れ、一時期は通りを埋め尽くすほどの旧車展示もあったがそれも数年前からなくなり、規模としては年々縮小されていっているのが少し寂しく感じるところ。
例年、骨董市が開かれていて、昨年は欅の1枚もののちゃぶ台を500円値切って3500円で購入。
今年は訪れて早々、それを覚えていた年配の知人から「昨年は欅のいいちゃぶ台を安く仕入れたなぁ」なんて声をかけられる。
今年は特に掘り出し物はなかったが、お馴染みのマニアやコレクターさんとの顔合わせができるのもイベントの魅力の1つ。
ベレットGT乗りのI氏、腕木式ウインカーのジープ乗りのF氏、ホンダS600乗りのN氏、貴重なコレクションを終活で手放した御年80歳ほどの長老Y氏、レトロ自転車ミニミュージアムを運営するH氏、750マッハ乗りのN氏、発動機コレクターのT氏など、久々に会う知り合いとの会話にも花が咲く。
これが昨年仕入れた欅のちゃぶ台。
直径は73cm、天板の厚さは3cmあり、重量は12kg弱。
そう簡単にはひっくり返せない。
何回目かまではカラー刷りのハガキでお知らせが来ていたが、毎年同じ日の開催というのが周知されたこともあってか、ハガキやメディアを通しての告知がなくても興味のある人は自然と集まってくるようになっている。
ただ、新鮮味も薄れ、一時期は通りを埋め尽くすほどの旧車展示もあったがそれも数年前からなくなり、規模としては年々縮小されていっているのが少し寂しく感じるところ。
例年、骨董市が開かれていて、昨年は欅の1枚もののちゃぶ台を500円値切って3500円で購入。
今年は訪れて早々、それを覚えていた年配の知人から「昨年は欅のいいちゃぶ台を安く仕入れたなぁ」なんて声をかけられる。
今年は特に掘り出し物はなかったが、お馴染みのマニアやコレクターさんとの顔合わせができるのもイベントの魅力の1つ。
ベレットGT乗りのI氏、腕木式ウインカーのジープ乗りのF氏、ホンダS600乗りのN氏、貴重なコレクションを終活で手放した御年80歳ほどの長老Y氏、レトロ自転車ミニミュージアムを運営するH氏、750マッハ乗りのN氏、発動機コレクターのT氏など、久々に会う知り合いとの会話にも花が咲く。
これが昨年仕入れた欅のちゃぶ台。
直径は73cm、天板の厚さは3cmあり、重量は12kg弱。
そう簡単にはひっくり返せない。
2019年4月29日月曜日
物欲その116(東京モーターショー)
63年前の今日、閉幕した第3回自動車ショー(現在の東京モーターショー)の当時の記事がこちら。
第1回と第2回の出品表が掲載されているが、まだ普通車が一般的でなかったことが見て取れる。
これは開催当初の1954年から現在まで用いられているモーターショーのマーク。
発案はモーターショー設立委員である片山豊氏、描画は板持龍典氏が担当したそうで、月桂冠を頭に力強い男子が1つの車輪を右手で回そうとし(アクセル)、左手で制動(ブレーキ)している姿を表しているとのこと。
第1回東京モーターショーでの巨大なモニュメント。
これは1958年の第5回東京モーターショーで入場者か関係者等に配布されていたピンバッヂ。
第5回は会場を日比谷公園から後楽園競輪場に移し、会期も新車発表のシーズンに合わせて春から秋に変更された。
数日後に退位を迎える天皇が皇太子時代に見学に訪れている。
ドアをシースルーにしたヒルマンミンクスの展示や
スバル360の吊り下げ展示が目を引いた。
これは翌1959年の第6回東京モーターショーで配布されたピンバッヂ。
毎年、形やデザインは変更されており、おそらく第6回で初めて七宝焼のものがお目見えした。
この年は裏面にも陽刻が施してある。
第1回と第2回の出品表が掲載されているが、まだ普通車が一般的でなかったことが見て取れる。
これは開催当初の1954年から現在まで用いられているモーターショーのマーク。
発案はモーターショー設立委員である片山豊氏、描画は板持龍典氏が担当したそうで、月桂冠を頭に力強い男子が1つの車輪を右手で回そうとし(アクセル)、左手で制動(ブレーキ)している姿を表しているとのこと。
第1回東京モーターショーでの巨大なモニュメント。
これは1958年の第5回東京モーターショーで入場者か関係者等に配布されていたピンバッヂ。
第5回は会場を日比谷公園から後楽園競輪場に移し、会期も新車発表のシーズンに合わせて春から秋に変更された。
数日後に退位を迎える天皇が皇太子時代に見学に訪れている。
ドアをシースルーにしたヒルマンミンクスの展示や
スバル360の吊り下げ展示が目を引いた。
これは翌1959年の第6回東京モーターショーで配布されたピンバッヂ。
毎年、形やデザインは変更されており、おそらく第6回で初めて七宝焼のものがお目見えした。
この年は裏面にも陽刻が施してある。
これは記念すべき第1回のもので「TOKYO」が入っていない。
2019年4月28日日曜日
物欲その115(MX-31)
10連休だが明日から3日ほど雨ということもあって久々にミニモト号出動。
2km位走ったところでリアタイヤに違和感を覚え急遽引き返す。
ビードがリムから落ちている。
バルブが斜めになっていたのでおそらくバルブ周辺のパンクと想定。
あいにくチューブはストックがなかったため、最寄りのバイク用品店に出向いて購入してくる。モトクロス場を走ることもないためハードチューブでなくスタンダードをチョイス。
タイヤもいい加減減っていたのでついでに交換することに。当時使っていたMX-51ミディアムではないものの、ちょうどレース当時に景品としてもらった10年もののMX-31ソフトのストックがあったのでそれを消化することに。
タイヤは硬化していて厄介そうだったので、行きつけのバイク屋で1000円を支払いササッと交換してもらう。
なんと、2009年9月以来のタイヤ交換。
2km位走ったところでリアタイヤに違和感を覚え急遽引き返す。
ビードがリムから落ちている。
バルブが斜めになっていたのでおそらくバルブ周辺のパンクと想定。
あいにくチューブはストックがなかったため、最寄りのバイク用品店に出向いて購入してくる。モトクロス場を走ることもないためハードチューブでなくスタンダードをチョイス。
タイヤもいい加減減っていたのでついでに交換することに。当時使っていたMX-51ミディアムではないものの、ちょうどレース当時に景品としてもらった10年もののMX-31ソフトのストックがあったのでそれを消化することに。
タイヤは硬化していて厄介そうだったので、行きつけのバイク屋で1000円を支払いササッと交換してもらう。
なんと、2009年9月以来のタイヤ交換。
2019年4月27日土曜日
物欲その114(サングラス)
長距離通勤はよりによって朝日に向かって出勤、夕日に向かって帰宅という極めて悪条件。
季節や時間帯によっては車のサンバイザーが用事にならない。
海面からの照り返しも堪える。
帽子とサングラスは好んで身につけずに50年近く過ごしてきたが、ついにサングラスを購入。
無難にティアドロップタイプをチョイス。
レイバンのロゴが光る。
季節や時間帯によっては車のサンバイザーが用事にならない。
海面からの照り返しも堪える。
帽子とサングラスは好んで身につけずに50年近く過ごしてきたが、ついにサングラスを購入。
無難にティアドロップタイプをチョイス。
レイバンのロゴが光る。
2019年4月26日金曜日
番外その43(激動の令和へ)
2年に1度のディーラー車検。
今月から環境が一変し、潮風を浴びながらの長距離通勤を強いられることとなった。
その距離、計算すると3年で10万km。
平成11年式で、すでにこれだけ走っている。
点検中に見つかったブーツ破れと、コーナーランプの接触不良、潮風対策での下回りパスタ塗装が上乗せされ、総額109,580円。
バッテリーとワイパーゴムの交換を勧められたが、バッテリーは見送り、ワイパーゴムは後日自分で調達することに。
再度、歴代の車検代金を比較してみる。
平成31年 109,580円
平成30年 43,800円(ユーザー)
平成29年 125,000円
平成28年 39,000円(ユーザー)
平成27年 140,000円
平成26年 40,000円(ユーザー)
平成25年 190,000円
平成24年 40,000円(ユーザー)
平成23年 58,000円(ユーザー):ブーツ交換代含む
平成22年 150,000円
平成21年 91,000円
平成20年 94,000円
交換したブーツ。
パスタ塗装。
ボディの底面が錆びているのが気になる。
自賠責証で初めて直接「令和」にお目にかかる。
車検ステッカーは貼らなくていいのに気に入らないセンターに貼られてしまっている。
ちなみにこちらは平成32年。
点検整備ステッカーも貼らなくてよかったし…
令和に入った1年後はさらに3万3千kmも加算される。
これまで年間走ったことのない距離のため、次回ユーザーで通せるコンディションを保てていることを願うのみ。
今月から環境が一変し、潮風を浴びながらの長距離通勤を強いられることとなった。
その距離、計算すると3年で10万km。
平成11年式で、すでにこれだけ走っている。
点検中に見つかったブーツ破れと、コーナーランプの接触不良、潮風対策での下回りパスタ塗装が上乗せされ、総額109,580円。
バッテリーとワイパーゴムの交換を勧められたが、バッテリーは見送り、ワイパーゴムは後日自分で調達することに。
再度、歴代の車検代金を比較してみる。
平成31年 109,580円
平成30年 43,800円(ユーザー)
平成29年 125,000円
平成28年 39,000円(ユーザー)
平成27年 140,000円
平成26年 40,000円(ユーザー)
平成25年 190,000円
平成24年 40,000円(ユーザー)
平成23年 58,000円(ユーザー):ブーツ交換代含む
平成22年 150,000円
平成21年 91,000円
平成20年 94,000円
交換したブーツ。
パスタ塗装。
ボディの底面が錆びているのが気になる。
自賠責証で初めて直接「令和」にお目にかかる。
車検ステッカーは貼らなくていいのに気に入らないセンターに貼られてしまっている。
ちなみにこちらは平成32年。
点検整備ステッカーも貼らなくてよかったし…
令和に入った1年後はさらに3万3千kmも加算される。
これまで年間走ったことのない距離のため、次回ユーザーで通せるコンディションを保てていることを願うのみ。
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