2018年11月25日日曜日

番外その41(非日常的な引っ越しその3)

4台目はコルト1500。

最初あった倉庫から、

草ヒロと化し、

 ようやく終の棲家へ。

2018年11月18日日曜日

物欲その108(テープライター)

今どき、こんなの使っている人がいるのだろうか。

30年以上、オイル交換の距離を打ち込みトップブリッジに貼っているが、ストックのテープがとうとうなくなってしまった。

 注文しようと調べてみるとグロッシーテープというようで、最寄りの文具屋で購入しようと出向いていくが、3人いた店員がみなテープライターを知らないという化石商品ぶり。
当然、置いているわけなく職場に出入りしている文具屋に注文し入手。ただ、ダイモの6mm幅は廃盤(9mmは在庫あり)で、互換製品を取り寄せてもらった。

ちょっと色が薄く、質感が劣るのはやむを得ない。
これでまだ30年はいける。

おまけ)貼り替えたシールは壁にペタペタ...

2018年11月17日土曜日

番外その40(雨漏り改善 + 地デジ化)

7万円の見積もりで依頼していた修理が終わり引き取りに。

外注先のガラス屋曰く、「助手席のドアの上部を修理した」とのこと。ディーラーも前部から水が入ってきているのに何故ドアを修理したのか、しかもどこを見ても修理した形跡がない。ディーラーも外注任せなので、とりあえず様子を見てくれとのこと。

確かにガラスの石跳ねは綺麗になっている。
これの補修が1万円でドアの修理で4000円...

しかし、後日降った雨で見事に雨漏り。全く改善していない。
再度ディーラーにかけあうと、ディーラーもガラス屋はあてにならないのでうちで見てみます、と。
ちょうど、下取りの車のカーナビを譲ってもらえることになっていたのでそれも合わせてやってもらうことに。

雨漏りの原因は当初から疑っていたミラーの取り付け部分だったようで、モリモリにコーキングしたので大丈夫だろうとのこと。ディーラーはガラスを疑ってガラス屋に出したのが間違いだったと再施工料金はタダにしてくれた。

合わせてお願いしていたカーナビはフィルムアンテナと工賃代金で15000円。何度も来てもらったので数千円サービスしてくれたとのこと。

 2011年7月以降、7年間見れなかったテレビがようやく見れるように!
 https://kochi0001.blogspot.com/2011/07/26.html
ただ、地デジになった時の2011年モデルとのことで、どれくらいもつのかは保証できません、とのこと...

2018年11月11日日曜日

油冷Machineその38(車検ステッカー)

2年に1度のお勤め。
茶こしフィルターをファンネルに両面テープで貼り付け、スモークライトカバーなどをクリアに戻す。

 今回から車検ステッカーがリニューアル。
 リニューアル前のクリア部分まで一回り大きくなったので、貼り付けると占有面積が大きくなり違和感がある...

ここ10年で3回目の様式変更。

2018年10月30日火曜日

番外その39(非日常的な引っ越しその2)

900Sに続いて第2弾。
さて、車種は何でしょう?

正解は50スカイライン1500デラックスの1型。

ワイヤーを忘れたためロープにて固定し引っ張ってくる。

2台並ぶと迫力が増す。

続いて第3弾。
最初に県外から引っ張ってきた際の画像がこちら。

こじんまりとしたガレージで一時期を過ごす。

再び放り出され、今度は雪でなく草むらの中から引っ張り出す。

車輪幅をあわせてセッティング開始。

バンパーは落ちかけて、赤い配線を引きずりながらの牽引。

新居に到着。

3台並ぶとさらに迫力が増す。

最初にプレスリリースされた時のカット。
市販までには若干の改良が施されるかも知れないと書いてある。

発売当時のインプレで、大御所小林彰太郎はこう書ききっている。
「三菱500の本来の用途は、2人の大人が、せいぜい50km/l止まりの低い速度で市内のビジネスに使うか、週末に大人2人に小さい子供を後に乗せ、近距離のピクニックにドライブするといったミニマムのtransporterなのである。」

諸元はご覧のとおりで、当時の価格は39万円であった。

タイヤ交換はこのように行うらしい。

2018年10月14日日曜日

物欲その106ー2(ヨシムラクシタニアキュートジャッケット)

最低気温が12℃と、ついに出番がやってきた。
日が登り始め空が明るくなると同時に出動。

ユニクロのヒートテックの上にこのジャケットを羽織っただけであったが、12℃程度であれば全く寒さは感じられず、むしろワインディングを攻め込むと汗ばむほど。運動性能もよく体重移動の際にもストレスは全く感じない。防寒・保温性能の本領発揮は最低気温0℃近くまで下がった時か。

首元はインナーとダブルになっている分、風の入り込みはなく締め付け具合もほどよく首を動かすのにも違和感は全く感じられない。

 インナー袖のストレッチ素材は手首をいい感じでホールドしてくれる。ただ、この部分がどれくらいの年数、いまと同じフィット感を維持できるか気になるところ。アウターの袖部分はマジックテープどめする際に滑らないよう細工が施されているのに気づいた。

これだけ長いとグローヴしたままでの上げ下げは問題ない。

セパハンで体重移動していると、アウターがずり上がりインナーの裾部分が露出してくる。

あとでよく見てみるとインナーの裾部分を絞るような構造になっており、ここを絞って、アウターの腰部分の両サイドを絞れば問題なさそう。

(2019年1月13日追記)
なるほど。本日3回目の着用で気づいたが、形状からしてインナーの後ろ部分はアウターから出るようになっており、アウターがずり上がってもインナーの裾が長い分、ジーパンの上部がむき出しになってそこから冷気が入らないようになっていた。

それにしても、8℃の気温でも薄手のヒートテックに普通の長袖Tシャツを来て、その上にこのジャケットを着るだけでどこからも冷気が入ってこず全く寒さを感じない。むしろ、10分もワインディングを攻めると少し暑さを感じるくらい。
まさに夢のようなジャケット。

2018年10月13日土曜日

物欲その107(ロート目薬木箱)

誰もがお世話になったことがあるであろうロート目薬を製造販売しているロート製薬は、明治32年2月22日に大阪で創業した信天堂山田安民薬房が前身である。
明治42年、東京眼科病院を開いた井上博士がミュンヘンで学んでいた際に恩師であったロートムント博士の処方を参考に開発した目薬を「ロート目薬」という名称で信天堂山田安民薬房が販売を始める。
しかし、当時の木箱には開発した井上博士の名前はどこにも見られず、側面には創業者の名字「YAMADA'S」が堂々と刻印されている。

これは50個入りの小さい木箱。

これは100個入りの大きい木箱。

これはさらに古い時代のものだろうか、目薬をさしている女性がリアルなタイプ。

しかし、高嶺の花の当時の琺瑯看板には井上博士の名前が堂々と刻まれている。